2008年10月 のアーカイブ
巨大かぼちゃでステーキごちそうさまが目標ですの
近所のスーパーの入り口に、ハロウィンからか巨大かぼちゃが机の上にでんと置いてあって、重さを当てたらピタリ賞または重量近似順に景品プレゼントと書いてありましたの。ふむふむ、で、当てたら何がもらえるですの?と近寄ってみると、なんと1位はステーキだというではないですかっ!お肉に目がないゆきぴゅーは、“これはなんとしても一等賞をゲットするですわ~!”と、意気揚々とかぼちゃの前に立ちましたの。ヒントとして「ボクの体重は20㎏以上あります」と書いてあるのですが、ぽんぽんとたたいたところでさっぱり見当がつきません。そこで、近くを通った店員さんに「これは持ってみてもいいんですの?」と聞いてみると、「はい、どうぞ。ただし気をつけて下さいね」と言われました。“重いから落としてケガするなってことですのね”と、おそるおそる両手をまわして、ぐぐぐーーーっと持ち上げてみたのですが、想像以上に重いんですの。とにかくすごいお化けかぼちゃ。
そこでゆきぴゅーはいいことを思いつきましたの。お米売り場に行ってためしに10㎏袋を持ってみようと考えたわけです。が、そのスーパー、悲しいことに5㎏入りしか置いてないんですの。がーん。さすがに5㎏入りの米袋を4つも5つも持ち上げてたらあやしい人だと思われそうなので、その作戦はやめて、勘で「28㎏」と書いて出してきたのですが、どうしてもあのかぼちゃが、っていうかステーキが気になってしまって、きのうの夜はなかなか寝付けませんでした。応募は今日31日までで、明日運命の発表なので、今日はもう一回行って持ち上げて来ようと思っていますの。

「落語の国からのぞいてみれば」
前回のタダごはで、寄席に行ったこと書いたゆきぴゅーですが、三日三晩悩んだ末にやっぱり丸2年ディアゴスティーニさんに貢ぐことにしましたの。で、さっそく創刊号と第2号が届きまして、夜な夜なゲラゲラと笑いながら聞いています。楽しいです。そんな落語つながりで最近読んだのが堀井憲一郎著「落語の国からのぞいてみれば」。この方、年間400席以上の寄席に通っているヒマ人、ではなくすごい人みたいで、テンポのいい独特の文体が読みやすくてあっという間に読破してしまいました。
内容は、落語の世界を通して江戸の頃をちょっとのぞいてみましょ、っていう本ですの。昔と今の時間の概念の違いや、恋愛・結婚観、数え年と満年齢の違いとか、読んでいると、へー!って思うことばかりでした。日本橋から京都まで日帰りで行って帰って来られるなんて江戸時代では考えられなかったけれど、当時はもちろん歩くしかなくって、その歩き方ひとつとっても今の人とはだいぶ違うそうですの。ちなみに手を振らない歩きかたってのが疲れない秘訣なんだとか。それに、当時の人って相当早足で歩いていたそうですわ。ゆきぴゅーはまだゲラゲラ笑って聞いてるだけだけど、古典落語って江戸時代の人達の生活を知るのにすごく手っ取り早いメディアなんですのね、と思いました。 あとがきに、「知ってる人にはすごく当たり前の情報ばかりの本になりましたが」とありましたが、「知らなかった」ゆきぴゅーにとっては非常に有効な本でした。ありがとうございました、堀井さん。
そんでもってもうひとつ、落語つながりのお話です。2、3週間前の「プロフェッショナル仕事の流儀」が落語家の柳家小三治さんでした。びっくりしたのが、落語家さんて会場に入ってからその日の演目を決めるんですのね!ネタ帳という、その会場で最近どんな演目が話されたかが書かれた帳面をチェックしたり、その日の客層やお天気などいろんなことをふまえて決めるんだそうです。で、時にはマクラを話しながらもどうしようか考えていることもあるんだとか。ってこんなこと、落語好きの人にとっては常識なことかもしれないのですが知らなかったのでホントびっくりでしたの。

番組の中で、小三治さんが司会の茂木さんに、
「わたしは以前は150ほどの噺を覚えていたはずなんですが今では30くらいしか話せるのがありません。忘れちゃった噺ってのは脳の中でどうなっちゃうんでしょうかねぇ」
って質問していましたが、脳科学者を目の前にして思わず出た質問だったのでしょう。茂木さん曰く「忘れないようにするにはとにかく繰り返し繰り返し“出力”すること」だそうです。 「笑わせるんじゃない、笑ってしまうのが本物の芸」。 いつか生で聞きたいと思います。それにしても、リウマチのお薬を鬼のように飲まれていてお気の毒に思ってしまいました。
猫パンチ再び?

いいえ、今日はパンチされませんでした。ホッ。
ちなみにこちらは入谷鬼子母神近くにいたニャン子ですの。
なんで鬼子母神なんかに行ったかと言いますと、今日は月に一回の弟子入りで台東区に行ったからなんですの。夕方、無事修業を終えたゆきぴゅーは、地図を見たらそのまま言問通りを進めば根津に着くということがわかって歩いてみようと思いました。なぜなら根津には、かつての修業先である「根津金太郎飴」さんと「伊藤風呂店」さんがあって久しぶりに顔をだしてみようと考えたからですの。最初、地図の縮尺を見て“なんだ結構近いじゃん”と思ったら、結構遠くてくじけそうになりました。途中、谷中の「カヤバ珈琲」という、とっても雰囲気が良かった喫茶店が閉店しているのを確認して悲しくなりました。ネットのクチコミで、無期限休業中っていう情報は本当だったようです。つやつやしたアメ色の椅子とトーストが忘れられなくて、間違いなくゆきぴゅーの人生史上ベスト10に入る喫茶店だったんですの。

さて、石ちゃんの写真が貼ってあるお肉屋さんに誘惑されながらもようやく根津に着いて、まずは金太郎飴のおじさんにごあいさつ。「おじさん、こんにちは」というと一瞬キョトンという顔をされながらもすぐに思い出してくれて「あの日のゆきぴゅー飴作りは楽しかったねぇ」となつかしい話で盛り上がり、あんず飴を買ってさようなら。お次はサワラの風呂椅子を作った伊藤風呂店さんへ。ちょっと顔を出すつもりが上がりこんでお茶をいただき、お土産まで持たせてもらうといういつものパターンだったのでした。お母さん、ごちそうさまでした~。で、お土産にいただいた草加煎餅をバリバリ食べながら日記を書いています。おやすみなさい。

D51が走るですの
きのう今日と、やけに朝からみどりの窓口が混雑してるなぁ~と思った方がいましたら、それはもしかしたら、一ヶ月後に長野で走るデゴイチの切符を買うためにテツが並んでいるからかもしれません。詳しい情報はこちら。
デゴイチが走るとなったら甥っ子の電車男ことカンタは黙っていないわけでして、もちろん乗る気満々。そこでカンタママは張り切って朝9時半にJR長野駅のみどりの窓口に並んだそうです。が!!!想像以上の行列に唖然・・・・しかも、
「切符は抽選になります。こちらに名前と電話番号を。当選者には本日午後にお電話します。電話が来なかったらハズレたと思って下さいあしからず」
という対応だったそうでガックリしながら帰路につき、待てども待てども来ない電話を待っていましたとさ。
「・・・というわけで電話が来ないのよ~」
「そりゃそうですわよ、全国のみどりの窓口にテツが並ぶんだからものすごい競争率なハズですわー」
「あーあ、カンタになんて言おう???」
な~んて電話で話していたら、そのうちに当のご本人が保育園から帰ってきたみたいで、
「ママ、切符見せてー!」っていう声が受話器の向こうから聞こえてきました。アーメン。
ちなみに明日、24日が最後のチャンスでございます。それでもダメだったらヤフオクで。

都庁に行ってみたですの
きのうは某な用事で都庁に行きましたの。某な用事はすぐ済んだのでせっかくだと思って展望台に上がってみました。2回目です。外国人とじーちゃんばーちゃんしかいませんでした。まずまずのお天気だったのでご覧のような景色が望めたわけなんですが、、、、

たまにとてつもなく高いところに身を置くって自分にとって必要なんだなと思いましたの。なんというか、こう、気持ちが大きくなれます。狭い道路を走る車や、アリんこみたいに動く人間の粒をガリバー視線で見ていると、“おおおー世の中こうやって動いているんだー”と感動すらしますの。そういえばこの間、月に行った夢を見ました。誰が他にいたか忘れたけど4人チームでロケットに乗って行きまして、無事任務を終えて地球に帰還した場所が、なぜか実家の近所を流れる犀川の横で、緑の川を見て“地球ってきれいなんだなぁー”といっぱしの口を利いていた夢でした。 その時の眼下に見えた景色が今でも忘れられません。ふつう夢って忘れちゃうのに。
そうそう、都庁でタダでもらえる「ようこそ東京へ」と書かれたハンディマップはすごく便利です。ずっと使っていた一代目が地図の役割を果たせないくらいボロボロになってしまったので、きのうは忘れずに頂いてきました。これを見ていると東京都を制覇したくなりますわよ。都内でもまだまだ行ったことない場所がたくさんあるんだなーと思いますの。 いただく時はお一人様一枚だけなのでご注意を。
冷凍食品
例の冷凍インゲン事件のおかげで、生のインゲンが高いような気がするのはゆきぴゅーだけですの???まぁいいか。ちまたでは朝バナナダイエットだとかでバナナの入手が困難なんだそうですわね。ゆきぴゅーのママンもこの間、
「スーパー3軒まわってやっと買ったのに、おとーさんがおやつがわりで食べちゃうのが困る」と電話でぼやいていました。バナナの一本食べるのも規制されちゃっているぱぱんが気の毒でなりませんわ。
ここで突然ですが、今日はゆきぴゅーの好きな冷凍食品のご紹介です
(意味はありません)
1位・・・今川焼き
2位・・・ライスバーガー
3位・・・枝豆
いずれも冷凍食品4割引とかいう日に買っておくのですが、今川焼きとライスバーガーは夜中に小腹が減ったと言ってバクバク食べてしまうのでとてもキケンです。でもおいしいです。炭水化物ばんざーい。
「海の壁」
ひょんなことからある事やモノや人を突然調べたくなることがありませんか。ゆきぴゅーは数日前からナゼか“チリ地震”に興味を持ちまして、Wikiとかを読んでいたんですの。皆さまご存じかもしれませんがここでざっとチリ地震についてご説明しますと、今から48年前の1960年、南米チリで起こった巨大地震の津波が、22時間かかって日本に到達し、三陸海岸を中心に約140人の方が亡くなっているんですの。どんだけすごい地震だったんですのーと思いませんか?っていうか、地球の反対側で起きた地震の津波が来るもんなんですのね、とびっくり。
で、ゆきぴゅーの興味はこんどはその三陸海岸にいったわけです。またまたいろいろ調べてみると、青森・岩手・宮城にまたがる三陸海岸っていうのはチリ地震以前にもたびたび大津波の被害を受けていて、それを作家の吉村昭さんが「海の壁」という本で書いていると知ってさっそく一気読みしましたの。
本によると、三陸海岸の津波被害は、過去150年以内だと大きいのが3回あるんですの。ひとつめは1896年(明治29年)の大津波。それから37年後の1933年(昭和8年)の大津波。そして27年後の1960年(昭和35年)のチリ地震による津波。最初ゆきぴゅーはチリ地震の津波で140名以上が亡くなったと知ってびっくりしていましたが、明治29年の大津波の時なんて、26,360人もの人が犠牲になっているそうです。きっと今みたいに通信網が発達していなかったという理由もあるからなんでしょうけど、それにしてもすごい数字だと思いました。
明治29年と昭和8年の津波は、大きな揺れがあった直後に発生したものに対して、チリ地震の時は遠く離れた日本にまで津波が襲来するとは思わなかった気象庁が津波警報を出さなかったんだそうです。津波の形や襲来のようすも先のふたつとは明らかに違っていて、津波が来る前の前兆のようなものもなかったんだとか。特に印象深かったのはチリ地震の時の津波を「のっこのっことやってきた」と表現した漁師の人の証言ですの。これだけ聞くとまるでまんが日本昔話のようですが、海面がどんどんふくれあがってゆっくりとせまってくる様子を想像したら身震いしちゃいますわね。
昭和45年の出版当時には、この3つの大地震すべてを経験した方もいらっしゃったわけで、そんな方々の体験談をもとにまとめられた貴重な本でした。過去幾度となく津波の襲来を受けている三陸海岸、いつか旅することがあったらきっとこの本を思い出すんだろうなぁ~という読書録でした。
山手線の巨乳とキンモクセイ
きのう山手線に乗ったら、目の前に座っていたおねーちゃんが超巨乳で、見事な谷間を見せながらコックリコックリ居眠りをしていたので、思わずじぃぃぃぃぃっとそのおっぱいを見ながら立っていたのですが、どうやらおねーちゃんの隣に座ってる殿方も非常に気になっていらっしゃるご様子で、車内を見回すふりして30秒に一回は隣のおっぱいに目をやっていました。そのうちにゆきぴゅーとその殿方はお互いの視線に気づいてしまって気まずくなりましたの。それにしてもすばらしかったです。
キンモクセイが香る季節になりました。スーパーの袋を持って歩いていたら、その横を「あら~。もうキンモクセイの季節なのね~」と大きな独り言を言いながらおばちゃんが自転車で通り過ぎていきました。

キンモクセイでちょっと面白い記事を発見ですの。


