卒業にあたって

graduation 2000年の年の暮れ、宅急便の伝票一枚が書けなくて“もうどーしよーもない状態”
だった文月涼氏のオファーに「それではお世話になります」と答えてしまってから4年と半年が経とうとしていますの。
 愛車をも奴隷となって寝袋持って上京しましたの。1ヶ月は事務所の床(100cm×160cm)で寝ましたの。
細かいことを言うと長野のぱぱんやままんが心配するので言いませんでした。東京で楽しく仕事してると言っておきました。
勤務状況をいうと労働基準法違反とかゆー問題では済まされないと思ったのでお役所に出す書類はOL時代と同じく8時間労働・
1ヶ月の労働日数は21日と報告していました。「週休2日」と言われて入社したつもりが「月休2日」
の聞き違いだったことに1年くらい経ってわかりました。春夏秋冬、何度ドッパーしたかわかりません。きゅるりも持病になってしまいました。
だけどお師匠サマのもとで働いてたくさんの優秀な人たちと一緒にお仕事をさせてもらってたくさんのことを学びました。
お友達もたくさん出来ました。みんな死にそうになっているピンチには助けてくれます。お師匠サマが編集部とケンカしたおかげで
「デジタルフォト」で連載も持てるようになりました。今は車もカメラもちょっと上手に描けるようになりました。
 そして3月末の「卒業宣言」から早2ヶ月。
引継ぎやらの業務で今までと変わらない生活が続いてこのまま卒業は出来ないんじゃないかと不安でした。打ち合わせに行くとその度に「あれ?
再就職したんですか」と言われて落ち込みました。しかしやっときのう最後の大仕事の決算報告も終えて本日無事「卒業」
の日を迎えることが出来ました。結婚退職でも出産退職でもありませんがとにかく「卒業」の日です。
この大きな門出の日になぜかゆきぴゅーは事務所に一人でお留守番です。さきほど出張先から車で帰途にあるお師匠サマから「ゆきぴゅー、
卒業祝いに安倍川餅買っていってやるゾ」と電話がありました。安倍川餅はいいのでとっとと帰ってきて欲しいです。

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